「タイトルから想像した内容と全然違う」――それが正直な第一印象でした。さわやかなタイトルとは裏腹に、冒頭からかなりの衝撃があります。 でも、だからこそ一気に引き込まれました。一度読み始めると、2つの物語が「どこでつながるんだろう」という好奇心に引っ張られて、気づけば最後まで一気読みしてしまいます。
誉田哲也さんといえば、私の中ではやはり「ストロベリーナイト」シリーズが代表作ですが、本作はそれとはまったく異なる雰囲気でした。 ホラー?ミステリー?と迷うような独特のジャンル感が新鮮で、「こういう一面もある作家さんなんだ」と新たな発見がありました。
著書紹介・作品概要
誉田哲也著『春を嫌いになった理由』は、2005年に幻冬舎から刊行されたホラーミステリー作品です(のちに光文社文庫で文庫化)。 著者が第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞した『アクセス』に続くホラー寄りの一作で、警察小説とは異なる顔を持っています。
📚 書籍データ
- 著者:誉田哲也
- 初版:2005年(幻冬舎)
- 文庫:光文社文庫
- ジャンル:ホラーミステリー
- ページ数:約320ページ(文庫版)
本作の大きな特徴は、2つの独立したストーリーが並行して進む構成にあります。 ひとつは霊能力者とその通訳を軸にしたオカルト寄りのミステリー。もうひとつは、貧困から抜け出すために密入国した中国人兄妹の生存を賭けたドラマ。 前半はまったく接点のないように見えるこの2本の物語が、中盤以降から少しずつ絡み合い、後半に向けて一気に収束していきます。
作品全体を通じて感じたのは、同じ出来事でも人によって全く違う見え方・受け取り方になるということです。 霊能力者が「見ているもの」と主人公が「信じられないもの」のあいだにある緊張感が、最後まで読ませる大きな要因になっていると思います。
登場人物と2つの物語
物語①:霊能力者と通訳の女性
主人公は就職浪人中の女性・秋川瑞希。英語とポルトガル語を得意とする彼女は、テレビ局に勤める叔母の織江から「霊能力者の通訳をしてほしい」と頼まれます。 本来なら断りたいところですが、収入のない状況で渋々引き受けることになります。
その霊能力者とはブラジル人女性のマリア・エステラ。派手な外見とは裏腹に、その霊視の精度は異様なほど高い。 信じる気になれない瑞希ですが、エステラの霊視どおりに廃墟から白骨死体が発見されてしまいます。これを機に、テレビ局と警察を巻き込んだ大きな騒動へと発展していきます。
懐疑的な主人公の目線で語られることで、読者も「これは本当に霊能力なのか?それとも何かトリックがあるのか?」という疑問を持ちながら読み進めることができます。 この「信じるべきか、信じざるべきか」という揺れが、読者を物語へ引き込む力になっていると思います。
物語②:密入国した中国人兄妹
もうひとつの物語は、貧困から抜け出すため日本への密入国を決意した中国人の兄妹が主人公です。彼らは言葉も通じない異国の地で、ブローカーに騙されながらも生き延びようとします。
こちらの物語は霊能力とはまったく無縁のリアルな社会問題を扱っており、読んでいて胸が苦しくなる場面も多いです。 誉田哲也さんらしいバイオレンス描写もあり、決してファンタジーには収まらない重さがあります。
この2つの物語がどんな形でつながっていくのか、それが本作最大の読みどころです。ネタバレは避けますが、「まさかそういうつながり方をするとは」という驚きは保証できます。
一般的な感想・評価のポイント
読み始めてすぐ、「誉田哲也さんってこんな作品も書くのか」と驚きました。 ストロベリーナイトのような刑事・警察小説とはまったく別の世界線で、同じ人が書いたとは思えませんでした。
オカルト描写は「信じない主人公」フィルターで読める
超能力・霊能力を扱っているため、「オカルト系は苦手」という方は少し敬遠するかもしれません。ただ、主人公の瑞希自身がずっと懐疑的なスタンスを崩さないため、 読者は彼女の視点を借りて現実と非現実の境界線をさまよいながら読み進めることができます。 「信じないけど、否定もできない」という絶妙なバランスが、ホラーなのに怖すぎず、「これ本当なのかな」と考えながら読めました。
2つの物語が交差するタイミングの巧みさ
「この2つのストーリー、どうつながるんだろう」と首をひねりながら読んでいると、中盤あたりから物語のテンポが一気に上がります。 この展開が素晴らしく、気づいたら最後まで読んでいた、という経験ができます。 伏線の張り方も自然で、「だからあの描写があったのか」という後から納得できました。
社会問題も描かれた内容
密入国という社会テーマが組み込まれており、純粋なオカルトホラーとは一線を画す作品になっています。 現実社会でも問題になっている移民・貧困・人身売買といったテーマにも触れられていて、考える機会になりました。 全体的に読みやすいほうで、ハッピーエンドに近い結末なので後味の悪さはありませんでした。
個人的な感想 ── 「ストロベリーナイト」とはまるで別の顔
誉田さんの作品は警察小説や青春小説のイメージが強く、ホラー寄りの作品にはあまり手を出していませんでした。 そういう意味では、著者の新しい一面を発見できた作品でした。
個人的に最も印象に残ったのは、瑞希が「超能力など信じない」と言いながら、少しずつエステラに引き込まれていく過程です。読み手側に寄り添っているなと感じた部分です。 「信じていないけど、妙に気になる」「否定したいけど、否定できない」という感覚は、 昭和後期にテレビでよく見た「超能力特番」「UFO特集」の雰囲気と重なって、なんとも懐かしい気分になりました。(世代がバレますね…笑)
あの頃のテレビは、「信じる・信じない」を視聴者に委ねながら、ひたすら引っ張っていくのが得意だったと感じます。 本作もまさにそういう語り口で、気づくと完全に引き込まれていました。
また、密入国は悪いことですが、その悪いことに対してでも純粋な二人が命を懸けて立ち向かっていく姿には心打たれました。どのような場面であっても兄弟愛は良いものです。
そして何より、タイトルの「春を嫌いになった理由」が最後に明かされるシーンが印象的でした。読み終えたとき、「あ、そういうことか」という納得と同時に、 「この主人公はもう春が嫌いじゃなくなっているんじゃないか」という温かい気持ちになれました。タイトルの意味が分かった瞬間の、あの少し胸が締め付けられる感じが好きです。
なかなかジャンル分けが難しい作品ですが、それが逆に新鮮で、誉田哲也ファンにも非ファンにも一度読んでみてほしい一冊です。
ページ数はそれほど多くなく、読書慣れしていない方でも週末の2〜3日あれば十分読み切れると思います。 タイトルのさわやかさに騙されて(?)手に取ってみてください。読み終えた後に、もう一度タイトルを眺め直すと、また違った印象が得られると思います。
こんな人におすすめ
読み終えて、どんな人に向いている本かを考えてみました。以下のような方には特におすすめです。
- 誉田哲也ファンで、警察小説以外の作品も読んでみたい人
- 超能力・霊能力をテーマにした作品に興味がある人
- 2つの並行ストーリーが交錯する構成が好きな人
- 社会問題を絡めたエンタメ小説を探している人
逆に、がっつりした本格ミステリーや、トリックの解明を楽しみたい方には少し物足りないかもしれません。